4.女の子
ケイとコウは、何もない空間をにらんでいた。
そこは、大木のトンネルを2メートルほど入ったところで、外の日差しも差し込み足元の草もよく見える。地面には何もないようだ。草も何かに踏みつけられたような跡もなく普通に伸びている。
「何かがいたよな。」
「うん。」
「確かに、何かを蹴った感触があったからな。」
コウは、2~3歩ほど離れた草むらを見ている。さっきから何か違和感を感じていた。周りの景色と何も変わらないが、それがちょっと気になっていた。コウは、恐る恐るその草むらに手を伸ばしてみた。
「うっ!」すぐさま、手をひっこめた。何かある。
「どうしたんや?なんかあるんか?」ケイも近づいてきた。
「うん。」と言いながら、コウはもう一度手を伸ばしてみた。何かが指先に触れている。草ではないすこし柔らかいものが、確かにある。コウは、そっと手のひらを当ててみた。何か生き物か?
「どうしたんや、何かあるんか?」ケイは、不思議そうに見ている。
「うん、なんか・」
その時、コウの手のひらの下に何かが現れてきた。薄い黄色の何かが。それはだんだん広がりを見せ、しばらくすると片膝を立てて座っている子供を浮かび上がらせた。
「人、か?」ケイは驚いて見ている。
「子供?」コウも、意味もなくつぶやいた。
それは、5~6歳くらいの子供にしか見えなかった。顔立ちは女の子のようだ。肌の色は白く、髪は長く薄い黄緑―とても黄色に近い―色をしている。瞳の色も緑だ。着ているものは白く、袖が肘ほどの長さがあり、ボタンはなく腰のところで紐で結んである。ズボンも白く膝くらいの長さだ。
その子は、おびえた様子はなく、びっくりしたような表情でケイとコウを見ていた。その子の右腕は、右足のむこうずねをさすっていた。さきほどケイに蹴飛ばされたところか、よく見ると赤く腫れているようだった。コウは無意識に、そこに手を伸ばしていた。その子はとっさに手をひっこめたが、コウは気にせず腫れているところを手でさすってあげた。
「おまえ、能力者か?ハンドパワーってか。」
「えへっ、なんとなく。気持ちだけ。」コウも、無意味と知りながらさすっていた。
しかし、しばらくすると腫れも消え肌の色も白くなっていた。
その子は、右足とコウとを交互に見てきょとんとしていた。
「コウ、すごいやんか。ほんまのハンドパワーやな。」ケイは、まざまざと子供の足を見ている。
コウは、自分の手のひらを見て茫然としていた。
子供は、すっくと立ちあがり二人に目をやると急に森の中へ走っていった。いや、森のほうへ消えていった。子供が2~3歩進むとその姿が透けていき、すぐに草木の緑だけがそこにあった。
「消えたぞ。」ケイは、子供の走ったほうを見てつぶやく。
「うん。・・・消えた。」
「追いかけようぜ、きっと何かがあるぞ。『ナルニア』みたいなんが現れるんちゃうか。」
『ナルニア』、それはコウとケイが小さい頃よく見ていた映画だった。たしか『ナルニア国物語』だったと思う。少女が古いタンスの中へ入っていくと、全く別の世界が現れるというものだった。たしかに、僕らは全く知らない世界にいる。―信じられないが―
「いくぞ。」ケイが言う。
「ちょっと待って。本当にそっちの方角かな?僕らのことを警戒してたら、消えた後違うほうへ走っていったかもしれないよ。」
「そうかぁ、そんなヒネたこと考えへんやろ。じゃあ、どっちへ行く?」
「うーん。」
「コウの言うようにヒネた子やったら、裏の裏をかくかもわからんで。さあ、どうする?」
「うーん」
「優柔不断やなあ、どうすんねん。」
「うーん。」
「ゆう・じゅう・ふ・だん、情けないなあ。」
「うるさいわ!じゃあこっちでええよ。」コウは、子供が走っていった方に顔を向けて言った。
「なんや、俺が言ったほうやんか。まあ、ええわ。行こか。」
「・・・」コウは、しかめっ面をしながら黙ってついていった。
コウとケイは草原を抜け、森の中へと入った行った。森は、さっき通った時と変わらず鳥がさえずり、木々がたくさん生い茂っていた。ケイとコウはわりと開けた木々の間を歩いていた。
コウは、なんとなく引っかかることがあった。
「ケイちゃん、なんでここ歩いてるの?」
「なんでって、さっきの子を捜してんやろ。」
「じゃなくて、なんでこのルートかなぁって思って。」
「そりゃあ、ちょっと開けてるから誰かが道として使ってそうやんか。それぐらいわかるやろ。」
「うん、でも、このまま行ったら森を抜けるだけと違う?」
「抜けた先に村でもあるんちゃうか。・・・どうしたんや、何か気になることがあるんやったら言ってみ。」
「うん、横の森の中が、いやに木が多すぎないかなって思って。もしかしたら、木の上に住んでいたりしないかな?」
「えっ、・・・ナイスやな、ありえるで。よし、森の中へ入っていくぞ。」
ケイは、コウの言っていることが良いと思ったら、いつも素直に受け入れていた。そして、狭い木の間を―狭いといっても2メーターほどの広さはあるが―歩いて行った。
「いてっ!」2~30メートルほど行くと、急に前を歩いていたケイが止まった。いや、何かに頭をぶちつけて止まっていた。
そう、なにかに。木々の空間しか見えない何かに。
5.エアイ様
「なっ、なんだ。なんかあるぞ。」ケイは、おでこをさすりながら目の前の空間を睨んでいる。
「さっきの子とおんなじじゃない?何かあるんだよ。」
「そうか。」ケイは、うなずきながら目の前に手を伸ばしていった。すると何かに触れたようだ、まるでパントマイムのように手のひらを空間にべったりとつけた。
「なにかあるぞ。固い・」ケイが話し終わる間もなく、ケイの手のひらから四方へ色が広がっていった。
それは茶色く、横に筋が入っている。木だ。しばらくし、色の広がりが終わるとそれが何なのか、二人にははっきりと分かった。そこには、こじんまりとした家が現れていた。
「なんだ、家が出てきたぞ。って言うより、周りの景色と同化してたんだな。まるでカメレオンみたいに。」
「うん、カメレオンみたいだ。」
その家は、絵本に出てくるような板を張り付けた平屋の家だった。窓もあるが、カーテンのようなもので中は見えない。
「向こうへ回ってみようぜ。」ケイが歩き出す。コウも何も言わないでついて行った。
家の前へ回り込むと、人影があった。二人だ。
一人は、背が高く―コウやケイと同じくらいか―180センチほどある女の人だった。年齢は、コウの母親と同じくらいか、髪の毛は長くそよ風にゆったりと流れている。落ち着きがある表情だ。白や黄色の模様が入った袖丈が長いドレスのようなものを着ている。
もう一人は、さっき会った子だ。静かに微笑んでいる。
女の人は、おもむろに片膝をつき両手を組んだ。
「お待ちしておりました、エアイ様。」
「?」コウとケイは、ポカンとしている。
「エアイ様って何?俺たちはケイとコウっていうんや。」ケイは、戸惑いながら言った。
「エアイ様のケイ様とコウ様ですね。」
「いやっ、エアイ様って何なの? って言うか、俺たちに『様』はつけらんといて。ケイとコウやから。それに、俺たちのほうがどう見ても年下やから敬語もやめて。」
「わかりました。」女性は言うと、なぜコウとケイのことを『エアイ様』と呼んだのかを話し始めた。
それは、その女の人の住む村に古くから伝わる言い伝えだった。
遠い昔、この大地には全てを覆いつくすほどの大きな国が存在していました。そこにはあらゆる生き物が住み、争いもなく幸せに暮らしていました。
ある時、『影』と呼ばれるものが現れ、その国を覆いつくしてしました。人々は果敢に戦いましたがその強大な力に生き物は殺され続け、町は破壊され、国は滅亡の時を迎えていました。
その時、暗い空を突き破り一筋の光が地面に突き刺さりました。その光の中心に、エアイ様がおられました。
エアイ様は、重い槍と御剣を携え『影』と戦いました。長い戦いの後『影』は滅び、この大地から消え去りました。
その後、エアイ様はすべての生き物に愛を注ぎ生きるべく道をお示しになり、時には大きな災いにも立ち向かいこの大地を守り続けてくれていました。
それから長い時が過ぎ、「この大地に未曾有の災いが襲い掛かるとき、重い槍と御剣とを携えたエアイ様が現れる。」との言い伝えだけが残されました。
―女の人は話し終わり、立ち上がった。
「今、この大地を再び『影』が襲い掛かりました。そして、私たちの村が滅びる間際に、重い槍と御剣を持つものが現れたのです。しかし・・・。私たちに希望の光が差したのですが・・・」
「そのエアイ様が、『影』に敗れたの?」ケイが、聞く。さっきから敬語を使っていないのが、コウが気になってるところだ。
「いいえ。エアイ様は、現れませんでした。」
「でも、重い槍と御剣を持つものがエアイ様なんだろ。」ケイは、ため口で聞く。
「いいえ、その槍と剣を使うことができるのがエアイ様なのです。私たち二人は、今日この時までお待ちしておりました。」女の人は、子供に目を向け微笑んでいた。
「でも、俺たちとは限らないだろ?ヒーローみたいでカッコええかもしれないけど、ややこしいことはゴメンやし。」ケイは、エアイ様と呼ばれるのがちょっと気に入っているのかも知れない。
「いいえ、間違いありません。後ほど、それがわかります。」
「申し遅れました。わたくしは、チハと申します。この子は、妹のチナです。」女の人は、名乗った。
「えっ!姉妹?」ケイが、驚いた眼を向けた。
コウもポカンとしている。どう見ても、親と子だ。30~40歳は違うはずだ。でも、失礼だからそれ以上は聞くことができなかった。
「まずは、これを差し上げましょう。」と言うと、チハは服の中から透明な液体が入った小さな小瓶を出した。
「この目薬をさしてください。」と、小瓶を差し出した。
「えっ、いや、あの。」ケイは、戸惑っている。警戒しているのではない。実は、コウもケイも目薬が苦手だった。苦手というより、恐怖心すら抱いていた。だから、二人ともこの年になっても母親に目薬をさしてもらっていた。
「怖いんでしょ?わかるよ。」チナは笑いながら言った。
コウとケイは、言い返せもせずモジモジしている。
「そうでしたか。それじゃあ、さしてあげましょう。」とチハは言って、ケイに上を向かせた。ケイは、恐る恐る空を見ている。その上からチハは目薬を落とした。
「えっ!」ケイは、声を出した。
「どうしたの。」
「うん。・・・いや、なんでもない。」と言い、もう片方の目にも目薬をさしてもらった。
コウも、ケイと同じように空を向き目薬をさしてもらった。
小瓶の口先から一粒、落ちてくる。それは、陽の光をかすかに吸い込み輝きだした。
虹色の雫。
そう、それは虹色の雫だった。あの井上神社でゲットしたアイテムだ。
その雫は、静かにコウの瞳に吸い込まれていった。
「しばらくすると、よく見えるようになります。」と、チハは言った。
6.虹色の雫
ケイとコウは2~3回瞬きをした。
「なんか変わったか?」ケイが、いぶかしげに聞いてきた。
「ううん。」コウは、交互に目をつむっていた。
森の木々はさっきと変わらず、濃い緑を放っている。後ろの、さきほど回り込んだ家も変わらずそこにあった。板張りの壁、崩れ落ちた扉。?
「コウ、この家こんなだったっけ?えらいボロ家やぞ。」ケイが、眉を細めている。
壁の板は所々が剥がれ落ちており、扉も地面に倒れている。コウは、家の後へ回ってみた。
さっき、ケイが最初に家に触れたところだ。
「なんで?」コウは、戸惑っていた。板は剥がれ落ち、ツタのようなものが血管のように家を覆っていた。その隙間から見える窓枠は、歪んでカーテンのようなものは何も残っていなかった。
「時間をワープしたのか?」ケイが、ツタを引っ張りながら呟いている。
「どうなってるんだろうね、さっきの人のところへ戻って聞いてみようよ。」
ケイとコウは、チハとチナのところへ戻った。
ケイは、チハへどうなってるのか説明してもらおうと顔を向けた時、チハの右肩越しに何かがきらりと光った。目を凝らしてみると、そこにはとがった金属が見えた。何か槍の先端のようなものが肩から出ていたのだ。チハは、静かな瞳でケイを迎えていた。
「ケ、ケイちゃん、こ、この子。」コウが、女の子を指さしながら、少し震えるような声でケイに話しかけた。ケイがその指さすほうを見ると、剣の持ち手のようなものが女の子の右胸に刺さっていた。だが、女の子は無邪気な表情で二人に笑いかけていた。
「ど、ど、どうしたんだ。だ、大丈夫か。」ケイの声も震えている。コウは、足ががくがくと震えているのが自分でもわかっていた。
「今、ご覧になっているのが真実の姿です。」チハは、静かに話した。
チハたちは、身を守るために特殊な能力を持っていた。それは、自分自身や身の回りの物を景色に同化させたり、違う印象に見せる能力だそうだ。そして、チハたちと同じ涙を持つことによって、本当の姿が見えるのだと言う。さきほどの目薬は、チハたちの涙だそうだ。コウは、ちょっと気分が悪くなりそうだった。・・・他人の涙が目に入ってる。
確かに、最初に女の子と会った時も、全然気づかなかった。そして、逃げていく時も景色に吸い込まれていった。
「そ、それは分かったけど、その体は?」ケイが聞いた。そうだった、重大なことを忘れていた。二人の体には槍や剣が刺さっているのだった。
チナの胸には、確かに剣のようなものが突き刺さっている。その剣は、持ち手は紫色をしており、何か模様のようなものが彫られているようだ。持ち手の長さは30センチほどか、見ているだけでコウの右胸が痛み出してきた。ただ、チナの胸の部分は血の色もなく白い服が何事もなく風に揺れていた。コウは、血を見ないですんでほっとした。
コウは、血がとても怖かった。ちょっと擦りむいて血がにじんできただけで、すぐに不安になっていた。だから、すぐに傷テープを貼るのでよく父親に怒られていた。
昔、家族でバーベキューへ行った時、ふざけすぎて椅子に座ったまま後ろにひっくり返ったことがあった。後頭部を大きな石で切ってしまったのだが、痛みは我慢できていた。ただ、頭から血がどくどく流れていたみたいで、後で母親から後頭部の写真を見せられた時は寝込んでしまった。
チハの姿もよく見ると、槍の先がチハの右肩を突き破って大きな土筆が生えているようだ。チハの服も、血はにじんでもおらず汚れも切れ目もなく、槍の先があたかもアクセサリーのようにも見える。
チハが、静かに話し出した。
「これが、重い槍です。」と、右肩を指していった。指先をそろえ、あたかもガイドさんのようだ。たしかに、名所にはなりそうだが。
「チナが持っているのが、御剣です。」と、また指先をそろえ指し示していた。この、のどかな姿にコウの恐怖心は溶けていった。
「重い槍と御剣を持つ者って、あんた達だったのか。」ケイは、まじまじと槍先を見ながら言った。
「はい。私たちはエアイ様にお渡しするために生まれました。」
「?」
「どうぞ、その手にお取りください。」
「って、どうやって?体の中に埋まってるんだろ?」ケイは、素朴な疑問を口にした。
コウも思った。そして、いやな予感もしていた。
「エアイ様なら、これらのものに触れられます。どうぞ、お取りください。」
「触れられますって、俺たちがエアイと違ったらどうなんの?」
「どうか、お取りください。」
ケイは、コウのほうに向き一つ溜息を吐いた。
ケイは、意を決してチハの槍先へ手を伸ばした。そして、槍先の金属に手が触れた時、
「キュゥーン。」
何とも言えない声を放ち、チハが崩れ落ちた。
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