ナウエの物語 05

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ナウエの物語 04

13.ババ様

「!?、ナウエの民?ナウエのみんなが食料?えっ?」

コウは、チナの言っていることがわからなかった。

「それは、ナウエの民はハタマの民の食料で、自分らもハタマの民に食べられるちゅうんか?」

ケイも、驚きを隠せずにいた。

「そうです。」

チハが、顔色を変えずに応えた。

その時、何かを叫んでいる声が聞こえてきた。

「セン様ー、セン様ー。」

一人の村人が、大声を出しながら通りを横切っている。

何か大ごとが起きたようだが、それほど急いでいるようにも見えなかった。

「なんやろ?」

ケイたちも、センの家のほうへ向かった。

「セン様、大変です。ババ様がハタマへ向かわれました。どういたしましょう。」

―ババ様って、あのばばぁか―ケイ。

「慌てることもなかろう。」

センは、落ち着いた表情で言った。

「おい、ハタマへ行ったら食べられちゃうんじゃないんか?」

ケイが、小声でチハに聞いた。

「大丈夫、大丈夫。」

手を振りながら、チナが割り込んだ。

「ハタマの民は、ナウエの民を殺して食べたりしないの。死んだ民を食べるのよ。だいたい、ババ様はナウエの民じゃないし・・・」

「えッ、ナウエの民じゃないの?」

コウは、思わず大きな声を出した。

・・・と、村人が振り返りケイたちを見た。

「ケイとコウじゃないか。いいところにいた、ババ様を呼び戻しに行ってくれ。」

―俺たちは、何なんやろ?エアイ様?・・・あんまり敬われないもんやな・・・―ケイ。

「そうじゃな、お前たち、ハタマへ行くがよい。ハタマで、『影』がどのようなものか確かめてくるがよかろう。」

無表情で、センが言い放った。

―何、勝手なこと言ってんねん―ケイ。

「そうですわ。ケイ様たちが『影』の事を調べていただけたら、私たちにも出来ることがあると思います。」

チハが、目を輝かせて言った。

―そんなこと、言わないでよーチハさん―コウ。

「そうだよね、エアイ様がいて良かったー。」

憎まれ口のチナが、笑顔で言った。

―いったい、俺らは何のためにここにいるんや。こんなとこ、来えーへんかったらよかった―ケイ。

ケイとコウは、渋々ハタマへ行くことを了解した。

「ケイちゃん、えらいことになったね。」

「あぁ。でも、しゃーないな。さっき、行くって話してたもんな。行かないっちゅうのもカッコ悪いしな。」

「でも、戦いって・・・危ないよね。」

「・・・何とかなるやろ。」

「大丈夫よ、二人とも御印を持ってるんだから。」

チナが、気軽に言う。

「御印ねぇ・・・」

―こんな武器、使ったことないのに。人なんか殴ったことないのに。切られたら、どうしよう・・・―コウ。

あたりは、木々の影が長くなってきていた。

ケイとコウは、明日出発することにした。



その夜、ケイは眠れずにいた。

―ナウエの民は、死んだらハタマの民の食料になる・・・か。そんなことあってええんか?なんでそんなことが許されるねん。

―自分らは、彼らの食料やから一緒に戦わない・・・か。みんな協力したらええんとちゃうんか。

―センも、「ナウエの民」の為っちゅうて、躊躇なくチハとチナを殺そうとしたし・・・なんで自分の子を殺せるねん。

―「ナウエの民」のため、「ナウエの民」のためってゆうて、「ナウエの民」さえよければええんか・・・個人はどうでもええっちゅう事なんか。

―違うやろ。自分のそばにいる人間を大事にせんかってどうすんねん。自分のために戦ってくれてるやつを助けんでどうすんねん。「ナウエの民」の為なんか関係なく、守るものは守る、助けるものは助ける・・・だろ。

―そやねん。何かの為に何かをするとかとちゃうねん。・・・うーん、なんやこの感情。分からん、わからんけど、絶対そうやねん。

―「ナウエの民」なんかどうでもええ。俺は絶対見捨てへん。チハもチナも、ほかの連中もハタマも・・・絶対に、絶対。そうせな・・・あー、なんなんだよこの感情・・・そうせな、自分が自分でなくなりそうや。理想論なんかやない、いや、理想論かもしれんけど、その考え、無くしたらあかんやろ。

ケイの隣では、コウが静かな寝息を立てている。

窓からは、月の光が木々をシルエットに足元へ射し込んでいる。

虫の音だろうか、懐かしい音が風にそよぐ草の音とともに夜の世界を優しく彩っている。

ケイは、感情を言葉にできないでいる自分にいらだっていた。

14.ハタマへ

鳥の鳴き声が、窓の光とともに入ってくる。

朝が、いつものように平和に始まろうとしていた。

ケイとコウは、森の外れに立ち遠く離れた山のふもとを見ていた。

そこは、V字になった山の切れ目だった。

前の世界で二人が目印にした、あの場所だった。

あそこが、このナウエの地とほかの地域とを繋ぐ唯一の場所だそうだ。

そこに、ハタマの民が住んでいるという。

「相当、距離があんな。」

「うん、結構あるね。歩けるかなぁ。」

「はぁ、頼りないこと言わないでよー。」

見送りに来た、チナがため息をつきながら言った。

「ケイ様たちなら、大丈夫ですよ。半日ぐらいで着くと思います。」

チハが、いつものように前向きな言葉をかけてきた。

「まあ、行くっきゃないか。コウ、行こうぜ。」

ケイとコウは、チハ達に見送られながら歩き出した。

「まずは、あそこに見える3本の木の所まで行こうぜ。」

「うん。」

前の世界で見た景色と全く同じようだった。

だだっ広いサバンナが、広がっている。

「ナウエもあと何年かしたら、僕たちがここへ来る前に見た世界みたいになっちゃうのかな。」コウ。

「そうなんやろな、あれが未来なんやろうから。」ケイ。

「僕らで、未来を変えられるのかなぁ。」

「さあなぁ。」

「きれいな空だね。雲一つないよ。」

「あぁ、でっかい月があるだけやな。」

「うん。そうだ、月の事チハさんらに聞くの忘れてた。」

「何を?」

「なんで、ずっとあそこにあるのかなって・・・」

「ああ、その事か・えッ!」

急に、ケイが立ち止まった。

「どうしたの、ケイちゃん?」

ケイは、少し後ろを振り返り指さしていた。

そこには、3本の木が茂っていた。

「なんでだ、なんでもうこんなところまで来てるんだ。うそだろー、まだ20~30分も歩いてないやろ。」

「ほんとだ・・・ほら、ナウエの森もあんなに遠くになってるよ。話に夢中になってたからかな。」

「そんなことないやろ。」

「でも、この調子で行ったら、すぐにあの山まで行けるね。」

「そうやけど・・・」

ケイは、納得がいかない顔で歩き出した。

それは、不思議な体験だった。

ハタマのいる山までは、どう見ても何キロもの距離があるように見えていたが、10分ほどで山の切れ目に広がる林のそばまで来ていた。

「めっちゃはよ着いてもたな。でも、なんか気色悪いなぁ。なんでこんなに早く歩けんねん。」

「ほんとだよね、足が伸びたんかなぁ。」

「はは、それやったらええな。」

「早く着きすぎちゃったけど、お弁当でもたべよっか。」

「お前、もう腹減ったんか。しゃあないなぁ。」

ケイとコウは、チハたちが用意してくれた弁当を広げだした。

・・・と、その時・・・

「ぐはッ・・・」

林のほうから、少し高い声が聞こえた。

「!」

ケイとコウは、声のしたほうに目を凝らした。

ザザッ、ザザッ

少し離れた林の木々の間から、音が近づき出てきた。

「ぐふッ・・うう・・」

よろめきながら、人が現れた。

頭にはヘルメットのようなものをかぶり、顔は、仮面だろうか緑色の被り物でおおわれていた。

体も緑色の皮のようなもので包まれている。

その人物は、日の当たる草地まで来ると崩れ落ちていった。

「大変だよ、ケイちゃん・・・どうしよう。」

コウはそう言うと、その人物へ近づいて行こうとした。

「ちょっと待て、なんかおかしいぞ。」

ケイは、コウの腕をつかみじっと倒れた人を睨んでいる。

「何とかしてあげなくっちゃ。」

「待て。あの体の周りのオレンジ色のものはなんだ?」

そう聞いて、コウもじっと目を凝らすと確かに何かがある。

倒れた人を包み込むように、体からオレンジ色の何かが出ているように見える。

その色は濃さを増してその人物を包み込むと、やがて色が薄くなりはじめ消えていきそうだった。

その時。

「大丈夫か。」

仲間だろう、緑色に包まれた二人が倒れた人に近づいて行った。

「ちょっと待て。」

ケイが声をかけたが、聞こえないのか二人はまっすぐに仲間に近づいて行った。

「おい、しっかりしろ。」

一人が、倒れた仲間を抱き起した。

その時、消えかかっていたオレンジ色が、スゥっと抱き起している人間にも広がっていった。

「ぐッ・・・」

すると、助けに来た者も力なく地面に吸い込まれていった。

その瞬間、オレンジ色のものがその景色から消えてしまった。

もう一人の仲間が、二人のもとへ行き体を揺り動かしながら顔を横に振った。

やがて、何人もの仲間が現れ、ケイとコウは取り囲まれてしまった。

そして、山の岩場にある建物へ連れていかれた。

連れていかれた部屋には、緑色に包まれた何人もの人間がいた。

ケイとコウは、部屋の中心に座らされた。

両側に座る人間は、皆、顔を仮面でおおわれており、体格はそれほどがっちりしていないが筋肉質のようだ。

やがて、一人の人物が現れ正面の席に座った。

緑色に包まれたその体は他の皆と同じだったが、その顔には仮面は付けていなかった。

サラサラとしたその髪の下には、鋭いまなざしと通った鼻すじ、固く結ばれた口が見てとれた。

それらを納めた輪郭は細く、褐色の肌は遠くからでもそのきめ細かさがわかるようだった。

―女?―ケイ。

15.ヒミとココ

「ヒミ様、この者たちです。」

そばの一人が言った。

「お前たちか、民を殺したのは。」

ヒミ様とよばれた人物が言った。

「殺したって?」ケイ。

「民の体から、オレンジ色のモノが出てきたとか申したそうだな。そんなもの他の者は誰一人見ていないぞ。お前らは、何者だ!。」

大きく険しい瞳が、ケイとコウを睨んだ。

「俺らは、ケイとコウだ。ナウエから、ババ様っちゅう人を探しに来ただけだ。」

不機嫌そうに、目の前の人を睨みつけながらケイが言う。

「ババ様ぁ・・フン。それで、オレンジ色っていうのはなんだ。」

「オレンジ色はオレンジ色や。」

「誰も見ていないんだぞ、そんなウソを何のためにつく。」

「お前らに見えないだけだろ。」

「なんだとぉ。そんな言い逃れが通ると思ってるのか。真実を話せ。そっちのお前はどうなんだ。」

ヒミは、コウのほうへ瞳だけを動かして言った。

「えっ、そう言われても・・・」

コウは、他人から高飛車に話されるのが苦手だった。自分が叱られているような感じがして、うまく話をするのが出来なくなるたちだった。

「嘘のなら嘘とはっきり申せ!」

コウは、うつむきながら言葉を振り絞った。

「嘘は言ってません・・オレンジ色の何かが・・体から出てきたんです・・・みんなが見てないって言っても・・・本当です・・・。 ・・・事実は、事実だから・・・僕は、自分に嘘はつきたくない・・・嘘は、嫌いだ!」

「コウ・・・」

ケイは、優しくコウを見た。

ケイの中のいら立ちは消えていた。

「ふんッ、お前らに見えて、われらに見えないモノか・・・。」

「ココ殿が来られました!」

遠くから、大きな声が聞こえた。

―ココ?―コウ。

しばらくすると、部屋の入り口に足音が近づいてきた。

すると、ケイとコウの両側に居並んで座っていた者たちが、すっと立ち上がった。

足音が、ケイとコウの横を通り過ぎていく。

―小さい―ケイ。

その足音の主は、ヒミの傍らに立ちケイとコウを見つめていた。

背は150センチもないかもしれない。

緑色の服を着たその体は、見るからに華奢だった。

そして、他のものとの絶対的な違いは髪の毛だった。

腰まで届きそうな髪の毛を頭の後ろで括り、自慢するかのように風になびかせていた。

ココと呼ばれた人物が、ヒミの前で声を発した。

「『影』自体がこちらに向かってきている。」

周りにいた者たちがざわめきだした。

「『影』自体ということは、ワタが来るということか。」

「他の奴らなら何とかなるが・・・ワタ自体が相当強いのに、『影』が乗り移ってるとなると・・・」

「総力戦になるな。」

ケイとコウの眼前にいるヒミは、落ち着いて座ったまま周りを見渡していた。

ココと呼ばれた人物は、静かにケイとコウを見つめていた。

「ココ、ここに残っている者を集め谷の入り口を強化しろ。」ヒミ。

「おう。」

「こ奴ら二人も連れて行け、ナウエから来た者だそうだ。」

「ナウエから?・・・」

ケイとコウは、緑色の集団とともに谷の入り口を目指し林の中を歩いていた。

林の中には家が点在し、大きな広場には子供たちが走り回っている。

ケイとコウの周りの戦士たちは、みな無言のまま歩いている。

いつの間にか、足元の影は身長以上に伸び道を先導していた。

空に浮かぶ雲の輪郭も、茜色に輝きだし、いつものようにいびつな月が空を支配していた。

ケイとコウは、集団の中トロトロと歩いていた。

「緊迫してると思うんだけど、みんなそう見えないね。」

コウが、なんとなく思ったことをケイに聞いた。

「あぁ、緊張感はあるんやろうけど、全然急いでへんもんな。・・・こんなトロトロ歩いとったら、ほんまに日暮れるで。」

「だよねぇ、ゆっくり歩くほうがしんどくなってきちゃうよ。」

やがて、あたりは薄暗くなり空に星が瞬きだした頃、集団は谷間にたどり着いた。

遠く先―谷の入り口だろうか―には、煌々と炎が灯っていた。

ケイとコウは、ココに連れられ他の戦士4~5人とともに一つの小屋に入った。

「明日まで休むぞ。よく寝ておけ。」

ココが、指示を出した。

―明日まで休む?―ケイ。

周りの戦士たちは、静かに体に着けていたものをはずしだした。

「おい、おい、明日までゆっくりしていてええんか?」

ケイが、ココに話しかけた。

「どういう意味だ。」

「夜に襲われたらどうすんねん。」

「襲っては来ん。」

「襲っては来ん? どういうこっちゃ。」

「奴らは、夜は行動せん。それだけだ。」

「夜は行動しない?・・・ふーん、まっ、それはよかったな。」

「お前らが、エアイのケイとコウか?」

「そうみたいやけど。エアイなんて何で知ってんねん。」

「ババ様が、話してた。・・・あまり信用するな、とな。」

「・・・」

―あのババぁ、気分悪い奴やな―ケイ。

「頼りにはしないが、もう休め。」

そう言うと、ココは部屋の隅へ行ってしまった。

「ケイちゃん、僕らも休もうか・・・!」

コウは、横になりながら周りを見て戸惑った。

「ケイちゃん、・・・」

「どうしたんや。」

ケイは、コウの視線を追うように部屋の中を見回した。

「!」

「ど、どうしよう。」

「お、おう。」

ケイとコウを取り囲むように寝ている戦士たち。

武具を外し、仮面を外したその姿は明らかに皆女性だった。

ナウエの物語 06

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