ナウエの物語 04

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ナウエの物語 03

10.チハとチナ

ケイとコウは、走った。

声のするほうへと、得体のしれない胸騒ぎが二人の足を急がせていた。

村の中心の井戸の周りには、何人もの村人が集まっていた。

「本当か。」

「いったいどうなっちまうんだよ。」

「不吉じゃ、不吉じゃ・・・」

戸惑いと恐怖、不安が入り乱れた村人の顔が集まっていた。

ケイは、まっすぐに人の輪に向かって行き、聞いた。

「どうしたんだ。」

もちろん、敬語は無縁のようだ。

「チハとチナのな、・・・誰だお前?この村の民じゃないよな。どこから来たんだ?」

若い男が睨むように聞いてきた。

「うっ、ええとぉー・・・」

「チハさんとチナちゃんに会いに来たんです。」

コウが、素直に言った。

「チハとチナに?」

「はい。チハさんとチナちゃんはどこですか?」

村人たちは、いぶかしそうにケイとコウを見ていた。

「二人は、あの家じゃて。」

屋根の上に避雷針のような塔を乗せた家を指さしながら、一人の老婆が答えた。

その手には、魔女が持つような長い杖が握られていた。

「いいんですか、ババ様。」

「かまわんよ、影の連中でもなかろうて。・・・さあ、お前たち行くがよいぞ。」

ババ様と呼ばれた老婆は、無表情に言うと村人の中に入っていった。

「ありがとうございます。」

コウは、頭を下げケイの手を引いて教えてもらった家に向かい歩き出した。

その家は、ほかの家と違い神社の社のように紅の色に彩られていた。

入り口には、一人の女性が空を見上げ佇んでいた。

長い髪の頭部には、光り輝く宝石のようなものが輝いている。

その装束は、なんとなくチハが身に着けていたものと同じようだった。

女性は、ケイとコウに気づくと厳しいまなざしを向けてきた。

「お前たちは、なんじゃ。」

その瞳は、警戒し、ケイとコウをじっくりと見ていた。

「俺らは、チハとチナに会いに来たんや。」

ケイが、いつものため口で答えた。

「チハとチナ?」

女性は、ケイの手にある剣をじっと見ていた。

「二人に何の用じゃ。」

「別に、・・・会いに来ただけや。」

ケイは、気分悪そうに答えた。

女性の上から目線の話し方が気に入らないようだ―自分のことは、棚の上―

「あっ、あのー、チハさんとチナさんに何かあったんでしょうか?」

コウが、場を取り繕うように聞いた。

女性は、じっとコウを見た後家の中を振り返り、付いて来るように促した。

ケイとコウは、奥の小さな部屋に通された。

女性は、部屋の片隅にある犬のゲージのような物を指さし、言った。

「チハとチナじゃ。」

そこには、二匹のネズミが横たわっていた。

「ねッ、ねずみ?」

ケイとコウは、ハモリながら声を上げた。

「この子らが、チハとチナじゃ。」

「嘘だろー、なんでやねん。」

「失礼な、ワシが嘘など_」

その時、外のざわめきが室内に入ってきた。

「セン様ー、セン様はいますかー。」

「セン様ー。」

大勢の村人の声が聞こえてくる。

「来たか。さぁ、最期の仕事をするとしようかえ。」

―センと言うのか、この女性の名前―コウ。

女性は、ネズミたちを優しく見つめゲージを台車にのせ表へ押していった。

その後をケイとコウも、ついて行った。

家の前には大勢の村人が集まっていた。

老若男女、その目には何かを問い詰めるような厳しい光が見えた。

センと呼ばれた女性も、険しい目をしていた。

「チハとチナの御印が消えたってのは、ホントですか?」

一人の男が聞いた。

「うむ。」

「うわー、最悪だー、」「もうおしまいだー。」「何てことしてくれたんだよー。」

村人が、口々に叫び出した。

先程の男が、みなの声を押さえ話し出した。

「御印がなくなったからには、お分かりですよね?」

「わかっておる。」

「じゃあ今すぐ、お願いします。皆の見ている前で。」

「うむ。」

センは、静かにうなずくと衣の中から何かを取り出した。

キラリと光るそれは、小さな短剣だった。

センは、ゲージの中のネズミに目をやった。

その目は、さきほどまでの険しさはなく優しさを宿していた。

―やばい、やばそうだよ。嫌な予感がする。どうしよう―コウ

「うわー、何すんねん!ええ加減にせえよ。」

ケイが、大声を出してセンの横へ飛び出していた。

「誰だおまえ、黙ってろ。」「関係ない奴は口出すな。」「じゃまだー。」

また村人たちが騒ぎ出した。

「・・・じゃっかわしー!!だまとれー!!」

切れてしまったようだ。

ケイの大声でみな静まり返った。

そう、ケイ自身も。

「・・・・」

ケイは、意味もなく皆を睨みつけていた。

―ケイちゃん、キレちゃったな。でも、何も考えてないんだろうな―コウ。

「よそ者は、引っ込んでおれ。」

先程の男が言った。

「これは、決まりなんだ。われら民を守るためのな。」

「こいつらはネズミだが、センの子なんだぞ。親が子を殺してええことないやろ。」

ケイの目が、うるんでいる。

「何を言ってるんだ。民が守られるんだぞ、何考えてるんだ。」

「何って・・・。なんで子供を犠牲にできるねん。そっちこそ、おかしいんとちゃうか。」

ケイは、いら立ちをおぼえていた。

「いいか、教えてやるからよく聞け。」

男が、怒りを鎮めるように一息ついて話し出した。

11.ネズミ

男は話し始めた―

―10年前、神に仕えるセン様が子供を授かった。

民はみな喜び、その子の誕生を心より待ち望んださ。

だが、誕生の日その喜びは悪夢に変わっちまったんだ。

生まれた子が、醜いネズミだったからな。

折しも、『影』が現れるといううわさが広まり始めていた時だ。

『影』が、どんな姿をしているのかは誰も知らんが、セン様の子がそうでないとは誰も言えなかった。

その時、我等とセン様とで話し合い子供を殺すことに決めたんだ。

しかし、セン様が、いざ殺そうとした時あることに気づいたんだ。

2匹のネズミの体から小さな異物が顔をのぞかせていたんだよ。

よく見るとそれは、小さな槍の剣先と紫色の剣の持ち手だったんだ。

槍と剣―それは、昔から世界に伝わる御印そのものだった。

御印を持つ者を殺すわけにはいかず、われら民は静かに見守るしかなかった。

エアイ様が現れるのを待つために。

しかし、その代償はあまりにも大きかった。

2匹のネズミは、乳も飲まず何も食べようとはしなかった。

唯一口に入れたものは、セン様の血のみだったんだ。

セン様は、一週間に一度ネズミたちに血を分け与え続けた、今まで。

そのせいで、こんなにやせ細ってしまったんだ。

もうすぐ、セン様の命が尽きてしまうかもしれないんだ。

今、御印が消えてしまったのは残念だが、ネズミたちを生かしておく必要がなくなった。

だから、今殺してしまわなければならないんだ。

セン様を守るため、そして、民を守るためにな―

「分かったか、もう邪魔をするな!」

男は、強く言った。

分かったような分らないような話だな。といって、自分が産んだ子を殺せるのか?―ケイ。

「もうよい。」

センは、静かにゲージの中へ手を伸ばした。

「えーい、待てぃ。」

突然、ケイはセンの腕を払い飛ばしゲージの中の小さいほうのネズミをつかみ上げた。

コウは、ケイが何をするのか分らなかった。

分らなかったが、とても嫌な予感がしていた。

今、わざわざ小さいネズミを選んでつかみ上げたよな―コウ。

ケイは、ネズミを高く上げ皆の方へ向き直った。

そして、おもむろにネズミの口へ左の二の腕を押し込んだ。

「いっ。」

ケイが、少し顔をゆがめた。

腕をくわえたネズミの口元からは、血がこぼれ出て糸を引きながら地面に落ちていた。

ジュチュ、ジュチュ、ジュチュ

ネズミのアゴから、かすかな音が鳴り続けていた。

村人たちは、ざわめきつつケイを見つめていた。

ケイは、無言のまま皆を睨みつけていた。

「どうや、俺の血も飲んでるやないか。センの血を使わんでも俺の血をくれてやるわ。これで、センは死なんでもええやろ。俺の血は、センと違ってようさんあるで。俺らが、このネズミの面倒を見てやるわ。」

ケイが、胸をそらし大声で言った。

―俺らがって、・・・どういうこと?―コウ。

村人たちの視線が、静かにケイのもとからゲージの方へ移っていった。

コウは、不安になった。

そして、村人の視線がコウのもとへと上がってきた。

―嘘だろー、無理、無理、無理、やめてくれ―コウ。

「コウ、お前も見せたれ。」

ケイが、勝手なことを言う。

「無理、無理・・・」

コウは、顔を横に震わせながら呟いた。

―なんやねん、自分は小さいほうのネズミを選んだくせに。こんな大きなネズミなんか触るだけで病気にるやろ―コウ。

「コーーーーーウ!!」

ケイの声が震え出てきた。

その波は、ケイの足を出て床板を伝わり、コウの足元から心臓を抜け脳天を突き出ていった。

コウの体が、ゲージに近づいて行った。

―なッ、何してんだ、動くな、近づくな―

コウは、手に持っていた槍をゲージに立てかけ、その手でネズミの首の肉をつかんでいた。

―あちゃー、触ってもた、持ち上げてる、抱きかかえてるー―

コウの体は、コウの意思を拒絶したまま勝手に動いていた。

コウは、ネズミをつかんだ右手を大きく上にあげ、村人を睨んでいた。

―違う、違う、これは嘘だよ―

そして、左腕の袖を口でたくし上げていく。

―僕は、何してんだ―

脂肪の乗った二の腕を村人に突き出した。

―ここまで、ここまでなら許すからー、許して―

村人たちを睨みまわし、コウはネズミに腕を近づけていった。

―あかん、あかん、あかん、噛まれたら病気になる。絶対ダメ、絶対、絶対あかんぞー―

カプッ。

チュプッ、チュプッ、チュプッ・・・

ネズミは、コウの親指をおしゃぶりのようにくわえていた。

コウの最後の悪あがきが通じたのか、腕をかまれるのは免れたようだ。

ネズミの口先から赤い血が滴っていた。

コウは、それを見た瞬間座り込んでしまった。

村人たちは、唖然としていた。

「何してんだ、お前たち。」

先程の男が、口を開いた。

「そんなことしても、災いは取り除かれないぞ。御印なき今は、そのネズミを・」

「もう、よいではないか。」

小さなかすれた声が発せられた。

キーン・コーン 金属音とともに長い杖を持った老婆が歩み出てきた。

それは、先程この家を教えてくれた老婆だった。

「もう、こ奴らの好きなようにさせてやればよかろう。」

―こ奴らってか―ケイ。

「ですが、ババ様。御印がなくなってし・」

「あるではないか。こ奴らの手に。」

そう言い、ケイとコウのほうに視線をやった。

「えっ、あれが御印。御剣と重い槍・・・確かに・・では、この二人がエアイ様ですか?」

「さぁ、それはどんなもんかのぅ。・・・さぁ、皆、もう家へ帰るとしようかえ。」

ババ様と呼ばれた老婆に促され、村人は散っていった。

「ふー。」

ケイとコウは、一安心し、それぞれのネズミをゲージに戻した。

「ふん、余計なことを・・・。」

センが呟きながら、ゲージを奥の部屋へ運んでいった。

「なんやてー。」

ケイが、センの後ろ姿へ怒鳴った。

ケイとコウは、自分たちがしたことが正しいのかどうか、わからなくなった。

チャリーン!

その時、奥の部屋から金属音が聞こえてきた。

12.ナウエの民

ケイとコウは、奥の部屋へ急いだ。

入り口から中を覗くと、立ち尽くすセンの後ろ姿が・・・その足元には、センが持っていた短剣が落ちていた。

ケイは、センを横へ突き飛ばしゲージのもとへ走った。

コウも、高鳴る鼓動に突き動かされ走り寄った。

「!!」

「チハ?チナ?」

二人の前には、立ち尽くす二人の子供がいた。

「チナー!」

ケイは、子供の肩を引き寄せ抱きしめていた。

コウも、無意識のうちにチハと思われる子の頭を引き寄せ胸に包み込んだ。

「チハさん?・うッ、う、う・・」

コウは、涙が出てきた。

唇の端をゆがめ、子供のように泣きじゃくった。

チハが言うには―

ケイ様たちの血を口に含んだ時、とても暖かいものが体の中に広がっていくのを感じました。いつしか体中が熱くなり、意識が遠のいていきそうになった時、一つの雫が落ちてきました。その雫が体に触れた瞬間、私たちの体が蒸発するように小さな粒に変わり、そして、この姿になることができたのです。

ケイとコウは、素直にチハの話を聞いていた。

体が小さな粒に変わる―それは、二人がここへ来る前の世界で実際に見た光景と同じだったに違いない。

4人が話している間、センは落とした短剣を拾い、細い指で剣先をひと拭きして衣の中へおさめた。そして、その指は次の瞬間サッと右頬を掃っていた。

話が一段落し、ケイとコウの二人は縁側のような軒先を歩いていた。

外の景色は、いつの間にかオレンジ色に彩られていた。

空を見上げれば、大きな月とともにいくつかの星も輝きだしている。

「ほんとに大きな月だね。」

コウは、いびつな月をじっと見ながらつぶやいた。

「ほんまやな、最初見た時はビックリしたよなぁ。」

「?!、おかしいよ、うん、おかしい。」

「何がや?」

「なんで、ずっと頭上にあんの?」





それから2週間、ケイとコウは、センやチハ、チナをはじめ村人からいろいろな話を聞いた。

それによると―

センたちは、『ナウエの民』とよばれ、あの大木を中心に森の中を生活地にしており、ナウエの周辺には『ハタマの民』がいるそうだ。

この星には10の陸地があり、センたちが住む陸地は『ニポキト』と言うらしい。

他の9つの陸地は、大昔からおよそ100年ごとに1つづつ『影』に襲われ、そこに住む民は滅亡していったそうだ。

『ニポキト』には7つの地方があり、それぞれが友好的につながっていた。

―『ニポキト』には、統治する人や国というものが存在していなかったらしい。―

それが、10年ほど前に『ウキウ』という地方に『ワタ』という者が現れた。

『ワタ』は、強靭な体を持ち『ウキウ』の民を従えるようになった。

そして、『ワタ』は、その武力により支配を他の地域にまで伸ばすようになった。

そのようなときだった、『影』が『ニポキト』に現れたのは。

誰もが、『ワタ』がその力により『影』を倒してくれるものと期待していた。

だが、『ワタ』は狡猾な考えにより『マシロ』と『ヨウタ』の2つの地方を無条件で『影』に与えた。

『ワタ』は、『影』を手なずけようとしたのだ。

しかし、『影』にはそのようなものは通用しなかった。

いつしか『ワタ』は『影』に飲み込まれてしまった。

いや、『ワタ』自身が『影』に乗っ取られてしまったのだ。

今、『影』は『ワタ』として実体として存在している。

その脅威が、今ナウエに襲い掛かろうとしている。―

「で、俺たちどうすりゃいいんだ?」

薪が積まれた小屋の傍らの椅子に、ケイとコウは座っていた。

「どうしよう。」

コウが、力なく応える。

コウの視線は、ボンヤリと空の月を見ていた。

「なに頼りないこと言ってんの。」

不意に、チナが現れた。

「あんた達、エアイ様なんでしょ。頼りにしてるよ、エ・ア・イ・さ・ま。」

―バカにしやがって―ケイ。

「じゃぁ、『ワタ』がどういうやつか調べに行くか?」

「ケイちゃん、それは怖いんちゃう。」

もう無茶はしてくれんな、とコウは思った。

「今、ハタマの民が『影』の手先と戦っています。ハタマの民の話を聞いたらいかがですか。」

いつの間にか、チハがコウの後ろに立っていた。

―えー、戦ってるところへいくの―コウ

「そうやな、そうしよか。」

ケイは、簡単に決めてしまった。

「ここの民も、ハタマの民と戦ってるんじゃないの?」

コウは、聞いた。

「なんで?なんでそんなことしなきゃなんないの?」

チナは、不思議そうに聞いてきた。

「だって、ハタマが負けたらここもやられちゃうじゃない。言ってみれば、ハタマはここの為に戦ってるようなもんでしょ。」

「変なこと言うわね、ハタマの民は私たちを守るために戦ってるのよ。それでいいじゃない。」

―?何考えてんだ―コウ。

「なんで、そうまでしてハタマの民はここを守るんや。」

ケイも、気分が悪くなったらしくそっぽを向きながら言った。

「そりゃぁ、あんたたちも一緒でしょ。食料がなくなったらいけないからよ。」

「食料?ここにしかない食べ物があるんか?」

「あるわよ。ハタマはそれしか食べないの。」

「ふーん、それはなんや。」

「ナウエの民よ。」

チナは、表情も変えずに言った。

ナウエの物語 05

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