ナウエの物語 03

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ナウエの物語 02

7.剣と槍

「おいッ、大丈夫か。」ケイの手は、震えていた。

チハは、何も言わず両手を地面につき肩で息をしている。

荒い息だけがかすかに聞こえてくる。

「ほんまに、大丈夫か?やっぱり無理やろ。こんなの抜ける訳ないで。」

首を振りながらケイは首を振る。

「何言ってるの、あなた達しかいないのよ。」

今まで静かにしていたチナが、話しかけてきた。

お姉さんが苦しんでいるのに、お構いなしだ。

コウは、チハがかわいそうに見えてきた。

「ケイ、これを抜いて。」チナが胸を指しながら、呼び捨てしてきた。

ケイは、少しカチンときたが子供なので我慢しているようだ。

静かに顔を横に振る。

「意気地なしねぇ、あなた達しか民を救えるものはいないのよ。」

俺たちは、エアイ様なのだろうか。

チナのため口を聞いていると、きっと違うだろうとケイは思えてきた。

「私たちの体にあるこれは、持ち主にしか触れないの。私自身も直接触れないわ。」

チナは、剣を指さしながら言う。

―先に言えよ―

「だけど、持ち主のあなたならこれを抜けるわ。さぁ、握ってみて。」

チナが、ケイに近づきながら手を伸ばしてきた。

そして、その手はケイの右手をつかんだ。

「さぁ、握って。」

チナが、グイッとケイの手を剣の方へ引っ張った。

「待てっ。」

ケイが、手をひっこめようとするがチナは離さなかった。

そして、チナが自分から体を近づけていった。

ケイの手は、チナの手の中で力なくチナの体に刺さった剣を迎えていた。

ケイの手が剣に触れた瞬間、ケイは目をつぶっていた。

だが、何も聞こえない。

さっきのような、痛々しい声が。

「ほら、大丈夫でしょ。」

ケイの手は、しっかりと剣に触れていた。

そして、チナはケイの左手も引き寄せ両手で剣を握らせた。

「さあ、引いて。」

―こんなの、引けるわけがないだろう。女の子の胸に突き刺さってるんだぞ。無~理~

「出来るわけ無・」

ケイが拒んでる端から、チナがケイの両腕をつかみ自分の体を後ろへ引いて行った。

「ぅおいっ、よせ!」

 ケイの腕には剣が握られていた。剣先は光に輝き、周りの景色を映しこんでいた。

長さは、持ち手の倍ぐらいか60~70センチほどもある。

コウは、料理が好きだから刃物はそれほど怖くはなかった。

でも、これほどの長さの刃物を見るのは初めてだった。

 剣を抜かれたチナは、うつむいたまま少し荒くなった息で右手で胸を押さえていた。

「大丈夫か。血とか出てないんか?」

ケイが、心配そうに覗き込んだ。

「何心配してるの。子供だね。抜いてもらったら、楽になったよ。」

勝気なのかなんなのか、顔を上げ笑顔で話し続けた。

「さぁ、次は姉さんのを抜いてくれる。今度は、コウ、あなただよ。」

「えっ!無理、むり、むり。」

コウは、両手を前で振り後ずさった。

「コウ! 逃げんなや。俺だけにやらせる気か。」

ケイが、睨む。

―さっきまで、自分も嫌がってたのに・・・なんで女の子側に付くんだよ―

「だって、こんなに苦しんでるよ。」

チハは、まだ地面に手をついて荒い息をしている。

「だからー、コウが抜いてくれたら私たちは楽になるのー。」

チナが、けだるそうに言う。

―僕、アホにされてる?喧嘩売られてる?―

「コウ、逃げる気なの。」

チナが、睨んでくる。

ケイも、睨んできた。

「えー、でも、・・・。」

チナが、コウに近づいてきた。

「世話の焼ける子供ね。」

チナが、コウの手をつかんだ。

コウは、逃げ出したかった。

だが、子供相手にそんなこともできないし・・コウは、なすすべもなくチナに操られていた。

 コウの手が、チハの肩にある槍の先に触れていた。

チハは、さっきのような声は発しなかった。

コウは、意を決して槍の柄を握り抜いていった。

ヌルヌルという感じが、手を通してコウの脳を震わせていた。

「出来たじゃん。」

気楽に、チナが言う。

 チハは、まだしゃがんだまま荒い息をしていた。

微かにのぞくその頬には、汗が浮かんでいる。

さきほどよりか細く見えるその体は、呼吸とともに大きく動いていた。

「大丈夫かな、死んじゃったりしないよね。」

コウは、オロオロしながらケイへ話しかけた。

 その時、チナがチハの背中に右腕を回しながらつぶやいた。

「もう、死ぬよ。」

8.託された者

 死ぬ?確かにチナがそう言った。

その表情はさっきと変わらず、微笑みすら浮かべてチハの背中をさすっていた。

「何言ってるんだ、死ぬよじゃないだろ。何とかせなあかんやろ。」

ケイが、オロオロしながら怒鳴る。

そりゃそうだ、ケイもコウも人の死とはあまり関わったことがない。

コウは、祖父の葬式に出たことはあるが、死に目には会っていない。

「何オロオロしてんのよ。バッカじゃないの。」

お構いなしに、チナは毒舌を吐いた。

「死ぬかもしれないんだぞ、何のんきにしてるねん。」

ケイの声も大きくなる。

コウは頷くことしか出来ないでいた。

「生きてたら、死ぬでしょ。当たり前の事よ。」

「でも・・・」

「死ぬのが何で怖いの?生き抜いたら死ぬのよ。」

まるで、仙人のようにチナが話す。

「でも、まだ・・・」

ケイは、何を言っていいのか口ごもんでいる。

「みんな死ぬの。あなた達もでしょ?死んでも、民がずっと残ればそれでいいじゃない。姉さんと私は、御剣と重い槍をあなた達に託すために生まれたの。その使命が終わったらそれでいいの。何がわかんないの?」

「?」

コウは、何かに引っかかっていた。

「後は、あなた達に託すわよ。」

チナは、強いまなざしで言った。

「ちょっと待って。」

コウが、頭に引っかかっていた事を口に出した。

「民が残るって・・・朽ち果てた家はあるけど、チハさんとチナちゃんの他には誰もいないようだし・・・さっき、チハさんが、村が滅びる間際にって言ってたけど・・・。もしかして、もう村は滅びてしまってるんじゃ・・・民も、もしかしたら、君たちだけしかいないんじゃ・・・」

「そうよ。今頃何言ってるの。」

自分の子供には、ちゃんとした言葉遣いを教えよう―とコウは思った。

「じゃあ、誰のために・・・僕たちは・・・。」

「わっからない子ねー。」

チナは、少し青ざめた顔をして子供をあやすように言った。

「エアイ様のケイとコウに、御剣と重い槍を渡しました。後は、あなた達が動いてくれる番でしょ・・・・そろそろ、時間が無くなるわ。」

とチナは言うと、チハの横に座り姉に微笑みかけていた。

「姉さん、お待たせ。ちょっと、時間かかっちゃったね。終わったよ・・・」

チナは、そう言うとチハの膝を抱くように崩れていった。

 ケイとコウは、何も出来ないでいた。

 チナを膝に乗せたチハが、少し顔を上げケイとコウに視線を合わせた。

その瞬間、チハとチナの体が―まるで、ストップモーションでシャボン玉が割れていくのを見ているように―小さな光の粒子に分かれ、僅かな空気の流れに溶けていった。

 チハとチナが消えてしまった。

少し傾きかけた日差しが木々の間を通り抜け、二人がいた空間を包んでいた。

 ケイとコウは、二人のいなくなった空間を見つめたままだった。

全ての音がなくなってしまったかのような静寂が、声を発することさえも許さないようだった。

 ケイは、手に持った剣に目をやり、おもむろに振り下ろした。

「うおぁー。」

木々の向こうの青空に向かい大声を上げた。

「いったい何だってんだよー。何がどうなっちまってんだ。どうすりゃよかったんだよー。」

 コウも、地面に突き立てた槍を見ていた。

―死んじゃったのかな。いや、そんなことはないよな、消えただけだし。でも、こんなとこにはいられないな―

「ケイちゃん、早いとこ帰ろう。」

「・・・」

「なんか、やばそうだし・・。家へ帰ろうよ。」

「・・・」

 ケイは、チラッとコウを見て再び右手にある剣を見た。

「そうだよな。こんなとこ尋常じゃないし・・・」

うつむいたまま、ケイはつぶやいた。

「うん。」

「それしかないよな。家に帰ってゆっくりして・・・。そうだよな。そう・・・か?」

「?」

「うわー。」

突然、ケイが地面を睨みつけたまま叫んだ。

「どうしたん?」

「わからない。どうしたらいいんだよー。こんなとこにおられへん、そんなことは分かってるわ。・・・でも、あーっ、わからん。・・・出来へん、出来へん。」

「出来ないって?家に帰って、考えようよ。」

「な、なんか、この手の中に二人の命が乗せられてしまってるねん。嘘かもしれへん、幻かもしれん、夢なのかも・・・でも・・・」

「ケイちゃん?」

「俺、帰られへんわ。・・・ずっと、待ってたんだろ。・・・そりゃ、俺らも断る権利はあるやろうけど。・・・今、帰ったら二度と来ないと思うし・・・俺らが来ることだけを待ってたんだろ・・・きっついなー、託されるってことって、こんなにシンドイんかー。・・・俺、わからんけど、残るわ。・・・何していいんか、わからんけど・・・」

「えっ。」

「応えたいねん。何も疑わんと俺らに託したことに、応えたいんや。コウは、帰ってもええぞ。」

ケイのその目は、コウに向いていた。

頬には涙が流れている。

それは、コウが初めて見るケイの表情だった。

 コウは、どうしていいのかわからなかった。

いや、最初っから決まっていた。

すぐに帰ろう、と。

「僕、帰りたい・・・」

「ええよ。・・・気にすんな。」

「でも、どうやって帰ろ・・・」

「ほら、これ使えや。」

ケイはそう言って、ポケットから荷造り紐を出した。

それは、この世界へ来たときその場所を特定するために使ったものだった。

「ありがとう・・・」

コウは、紐を受け取った。

それは、コウの住む世界と結ぶ唯一の細い糸のように感じた。

 コウは、ずっと紐を見つめていた。

「ケイちゃん、一緒に帰ろう。」

「行けへんって言ってるやろ、決めたんや。」

「・・・帰ろう、一緒に・・・終わらせて・・・」

9.バラの花

 ケイとコウは、村の中をさまよっていた。

チハたちと別れた後森の中を進んで行くと、そこには朽ち果てた家々が点在していた。

大きなものは、2階建てのものもある。どの家も蔦にからまれており、家の中はクモの巣におおわれて家具らしいものの他は何もなかった。

 ただ、そこには確かに誰かが住んでいた形跡が残っていた。

井戸のようなものが広場の真ん中にあり、料理に使ったのか適度に切りそろえられた薪木がうず高く積まれた場所もあった。

しかし、今は誰もいない。

―いろんな家族が住んでいたんだろうな―

ケイとコウは、この村の生活を想像しながら無言で歩き回っていた。

「何もないね。」

コウは、自分が何を探しているのかもわからないのがもどかしくなり声を発した。

「うん。・・」

ケイも、どうしたらいいのかわからないようだった。

「でも。何かがあるはずや。あの二人が、これだけを俺たちに託して消えたんやで。・・・俺たちが、必ず何かを見つけ出すのがわかっていたはずや。」

ケイは、右手に持った剣を一振りして言った。

「でも、何があるんやろ。」

「なんやろなぁ。」

 空は、雲の端を茜色に染め始めていた。

大きな月も、クレーターの輪郭がぼやけつつあった。

「ちょっと、お腹がすいたね。」

コウは、なぜか知らないが申し訳なさそうに言った。

「そうやな、食事を忘れてたな。・・・なんか、果物でもないかな・・・のども乾いたな。」

「さっき小さな川が見えたから、そこへ行ってみようよ。」

 そこは、少し離れた一軒家の裏にあった。

川幅は2メーター程か、ゆっくりと水が流れていた。

川面は、木々の間を抜けてきた陽の光をかすかに輝かせ、その流れの中を小魚が泳いでいた。

「よう、映画とかで川の水飲んだりしてるけど、大丈夫なんか?」

ケイが、ちょっと不安そうにコウに聞いた。

「大丈夫ちゃう?僕のお父さんも、昔川の水飲んだって言ってたよ。・・・ちょっとは異物を体に入れたほうが丈夫になるって言ってたし・・・」

「昭和の人間やからやろ。まぁええか。」

ケイは、両手を器のようにして川の水を飲んだ。

コウも同じようにしてノドを潤そうとした。

「ケイちゃん、あれ。」

コウは、川向こうの川上を指しながらケイの肩を叩いた。

「なんや?」

そこには、夕日の紅よりも濃い色を放ったバラの花が咲いていた。

バラの花。

それは、ケイとコウが辿り着いたこの世界への入り口のそばに咲いていた。

「あそこやな。」

ケイとコウは、川を渡りバラの方に近づいて行った。

「うん。」

コウも、なぜか確信を持っていた。

―きっと、導かれているんだ―

「じゃぁ、行こうか。」

ケイは、コウと肩を組みバラの木へ歩みを進めた。

また、突然の灰色の世界が二人を包み込んだ。

ケイとコウは、お互いの顔を見て頷いた。

そして、躊躇することなく歩み出した。

そして、二人はまた景色の中に包まれていた。

「おんなじだ。」

ケイが呟いた。

コウも同じ思いだった。

「さっきの世界とおんなじだね。」

チハたちがいた世界へ入った時と同じだ。

二人は、明るい日差しのもとだだっ広い草原の片隅に立っていた。

遠くには、山が峰を連ね、森の中には巨大な一本の木が見える。

そして、空を見上げれば、いびつな大きな月がそこにあった。

「瞬間移動しただけか?」

ケイが、景色を一つ一つ確かめながら言った。

「うん、全くいっしょだね。・・・でも、なんかへんやな。」

「何が。」

「なんやろ?・・・なんか違うような・・・そうや!おかしいやん!」

「だから、何がやねん。」

「さっきは、もう日が暮れ始めていたやん。でも、ここは真昼間やで。」

「ほんまや、確かに。」

ケイは、空を見た。そして、地面の自分の影を眺めた。

「そう言やぁ、俺らが住んでたとこからチハたちと会った世界へ入った時も、そやったな。」

ケイは、思い出しながら言った。

確かにそうだった、夕方に家を出たのにチハ達の世界へ入った時は昼のような明るさだった。

「っちゅう事は、新しい世界へ来たってことや。時間をさかのぼって。」

ケイは、即決した。

「きっとそうやね。」

「えっ!」

「えっ!」

ケイとコウは、同時に声を発した。

「それやったら、もしかして、チハさんとチナちゃんが・・・」

コウは、興奮して言った。

「おるかもしれんで。きっと、会えるで。」

ケイも、目をみひらき笑顔で叫んだ。

「行くぞ。」

「うん。」

ケイとコウは、さっきと同じルートを歩き出した。

あの時と一緒だった。

草原には、蝶やトンボが緩やかに浮かんでいる。

二人は、大きな木の所まで行き、そこからチナが逃げた方へと歩いた。

ケイとコウは、なぜか嬉しかった。

勝手知ったる道だし、何よりも、会いたい人がいる。

鳥がさえずる森の中を進んでゆく。

―そう、さっきといっしょだ。あそこを曲がって20~30メーター程行ったら、家が見えてくるはず―

コウは、ワクワクしながらケイの後についていった。

その時、何かが聞こえてきた。

人の声だ。

「大変だー!チハとチナの、チハとチナの、消えてしまったぞー」

ナウエの物語 04

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