ナウエの物語 08

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ナウエの物語 07

22.突き刺されたコウ

朝陽が、景色を浮かび上がらせてきた。

真っ青な空と緑の野山。

水彩画のような世界が、争いの世界へと扉を開けていった。

ヒミたちは、一足先に動き出して行った。

ケイは、ボンヤリとワタがいるであろう林を見つめていた。

「どうしたの、ケイちゃん。」

―僕らも、動き出さなくっちゃ―コウ。

ケイは、ぽつりと言った。

「勝てるんかな?・・・あんな奴に。」

「う、うん。」

「・・無理やな・・・なぁコウ、帰ろうか・・・もう、ええやろ・・・」

「うん・・・」

「・・・」

「でも・・・」

「?・・・」

「みんな、どうなっちゃうんだろ。」

「・・・」

「チハちゃんや、チナちゃん達も・・・」

遠くから声が聞こえてきた。

かすかに金属音も。

人影の動く姿が遠くに見て取れた。

ヒミたちの戦いが始まったようだ。

―なんだろう、同じ地にいるのにテレビでも見ているようや。でも、ヒミもココもそこにいるんやな―ケイ。

「そうやな・・・おまえ、意気地ないのに・・・そうやな・・・」

「意気地がないは、ないよ。」

「ははは・・」

ケイは立ち上がり、手に持った剣の腹で両足を思いっきり叩いた。

「行くか!」

コウも頭上を見上げ、手に持った槍を月に向かって突き上げた。

「行こう!」

ケイとコウは、戦いの先頭を目指して駆けていった。

「なぁ、コウ。」

「うん?」

「俺、分かったぞ。」

「何が?」

「いやに、ここの連中の動きが遅いやろ・・・何で、俺らの足がこんなに早いのか、や。」

「なんで?」

「月や。あの月や。」

ケイは、走りながら剣を頭上の月に向けた。

「あの月のせいや。あんなに近いんやで。月の引力が、俺らの住んでる世界より強なってるからや・・・わかるか?」

「そうか!そうだね。」

「ほんまにわかってんか?」

「わかってるわ。あれやろ、海の満潮とか干潮に関係してるってやつやろ。」

「おッ、偉いな。」

「・・・・」

―それぐらい、分かるわ―コウ。

二人の視界に、ワタの姿が大きく見えてきた。

ただ一人、悠然と歩いていた。

ケイとコウは、ワタの後ろ10メーター程の所で止まった。

「・・・はぁ・・・大丈夫・・やってやる・・・」

ケイは、剣の腹で自分の胸を叩いた。

「うん。うん。うん。」

コウも、自分に言い聞かせるように何度もうなずき、槍で地面を何度も突いた。

「行くぞ!」

「おう!」

ケイとコウは、武器を振り上げワタへ向かって行った。



巨体だった。

ケイとコウの前にいるワタは、ゆうに2メートルを超える長身だった。

手に持った長剣は、二人の身長ほどの長さがあった。

気配に気づいたワタが振り返るよりも早く、ケイは剣を振り下ろした。

グキッ―

ケイは、確かな手ごたえを感じた。

昔習っていた剣道で面を打った時と同じだった。

しかし、ワタは何事もないかのように剣を振り回してきた。

―見える―

ケイは、剣の動きを見てとれた。

―やっぱり、俺らのほうが早く動けるぞ―

コウは、ケイの戦いをじっと見ていた。

一緒に戦いたいが、動けない自分がいた。

今まで、殴り合いの喧嘩なんかしたことがなかった。

―殴るなんて、ましてや槍で戦うなんて・・・殺すなんて・・・―

―なんで、倒れないんだ・・・傷だらけやんケ―

ケイは、圧倒的な速さで戦っていた。

その剣先は、幾度もワタの体を捕らえていた。

だが、ワタはその攻撃を緩めなかった。

ケイは肩で息をするようになった。

それでも、ケイは剣の動きを止めなかった。

そして、ワタの剣を持った腕をケイの剣が食い込んだ。

―やった、剣さえ持てへんかったら・・・う!―

ケイの腕が、動かなかった。

ワタの腕に埋まった剣先が抜けなくなっていた。

―くそッ、くそッ―

ワタは、右手の剣を左手で受け取りケイの頭へ大きく振り下ろした。

ぐぬッ―

一瞬の出来事だった。

コウの槍先が、ワタの太ももに食い込んでいた。

大きく体制を崩したワタの剣先は、ケイの右肩を切り開いていた。

「ぐわー。」

ケイは、激痛に耐え切れず膝をついた。

コウは、動けなかった。

今まで感じたことのない感触が、両手を支配していた。

槍をつかむ腕先から、小さな震えが全身へと広がろうとしていた。

ワタは、足に突き刺さった槍先を引き抜き、コウの手から槍を奪いとった。

コウは、茫然とその光景を見ていた。

目の前で、ワタがコウのほうへ振り向いた。

―動けない、動けないよ―

ワタは、奪い取った槍でコウを突き刺した。

「コーウ!」

ケイが、立ち上がりコウのもとへ走り寄った。

そのケイの視界に槍先が見えた。

ワタが、槍をケイへ向けて振り回してきたのだ。

グキッ―

ケイは左腕で体をかばったが、その腕を容赦なく槍が打った。

ケイは、2~3メートル突き飛ばされ地面に顔を埋めた。

ワタは、悠然と槍を立てケイに狙いをつけていた。

その槍先からは、コウの血が流れ伝わりワタの指を濡らしていた。

―・・・?―

ワタは、槍をつかむ自分の手を一瞥すると、おもむろに槍を捨て置きナウエへ向かって歩き出した。

「コウ。」

ケイは、自由の利かない両腕を引きずりコウのもとへ這って行った。

コウは、静かに息をしていた。

「コウ、大丈夫か?」

「・・・うん、痛みもなくなった・・・」

「コウ・・・ごめんな・・・」

「・・・つぎ、目が覚めたら・・戻ってるかな・・・」

「コウ?」

コウは、静かな息を吐き出し目を閉じた。

「コウ!・・・コウ、コウ・・・コウ・・・」

ケイの声もいつしか聞こえなくなった。

23.月からの光

太陽は、その輝きの源を天頂へ移そうとしていた。

風はなく、遠くの木々は静かに佇んでいる。

ハタマからナウエへとつながる草原の上では、いくつもの戦いが繰り広げられていた。

勇敢なハタマの戦士たちは、『影』の手下たちを打ち破っていた。

「ヒミ様、ケイとコウがやられました。」

戦いのさなかにいたヒミのもとへ戦士が報告した。

「・・・そうか。」

ヒミは、剣を振り回しながら応えた。

―そうか・・・もはや、これまでか・・・―

「我等は、いかに。」

「戦うのみよ。ワタが無理でも他の奴らは全て打ち滅ぼせ!」

「はッ!」

ココも、戦い続けていた。

―奴らにもらった命だ、この命ですべての影を消し去ってくれる―

戦いの喧騒をよそに、ワタは静かにナウエを目指していた。

その周りには、3体の手下が付き従っていた。

・・・・

その頃、ナウエでも戦況が伝えられていた。

シン家には、センとババ様がいた。

「ケイとコウは、エアイ様ではなかったか・・・」

「そうかのぅ。」

「ナウエの民は、滅びてしまうんですね。」

「どうかのぅ。」

「ババ様・・・」

「・・・?」

「ババ様が知っていることを、教えてほしいんです。」

「・・・わしゃ、何も知らんよ。」

「ババ様は、古(いにしえ)の語り人―そう私の大ババは言っていました。ババ様がこの地に現れた時のことは、シン家の者しか知りません。あの大樹の根元から地面が割れ現れた―と。ババ様は、あまり語りませんが・・・何か知ってるんじゃないですか。」

「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、何もしらんよ。」

「・・・」

あけ放たれた扉の向こうでは、ナウエの民が何人かセン家の前に集まっていた。

のどかな陽の光を浴びたその顔には、不安の表情がのっていた。

「そういえば、きゃつらは面白いことを言ってたのぅ。」

「面白いこと?」

「あぁ、生きるというのは種を繋げることじゃなく、誰かのために何かをなすこと―じゃとな。」

「なにを、戯言を・・・。我ら人間が、この地から消えてしまいそうになったことを知らぬのか・・・」

「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、面白かろう。」

「・・・エアイ様ではなかったか。」

「エアイ・・様なら、よかったのにのう。・・・まだ、わからんが・・・」

「『影』の前では、エアイ様も・・・・」

「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、『影』も、エアイ・・様の前じゃ、足元の小石と同じじゃろうて。ワタとなって暴れておっても、しょせんエアイ・・様のぷ・・・手のひらの上で居るようなもんじゃて。」

「?ぷ・・・」

窓の外には、明るい空に大きな月が張り付いていた。

太陽は、下りの軌道を進み始めていた。

「さて、顎が疲れたから帰るとしよう。明日という日があるといいのぅ。」

「・・・」

ババ様は、立ち上がり伸びをしながら空を見上げた。

その時、月のクレーターの一か所がキラリと光った。

そしてその光は、一筋の道となり真下へと延び消えていった。

「・・・?」

「・・・!」

「今のは?」

「・・・ん、なんじゃ。」

「今の光は?」

「何も、見えんかったがのぅ・・・そなたに見えたのなら、何かの始まりかのぅ。」

「何かの始まり?」

「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ・・・」

キーン・コーン・カーン・・・

ババ様は、体を揺らがせながら杖の響きを連れ部屋を出ていった。



喧騒から離れた草の上では、2つの体が横たわっていた。

草埃と血でまみれたその体には、幾匹かの蝶が群がっていた。

「・・・うッ。」

僅かに動くその瞼に力を入れると、一面が白い光でおおわれていた。

ケイは、何度か瞬きをした。

すると、だんだん視界に色が現れ形を映し出していった。

「・・・はぁ、ええ天気やなぁ。・・・なんで、目が覚めてもたんやろ・・・なぁ、コウ。」

ケイは、仰向けのまま顔をコウの体に向けた。

「帰ろか・・・うッ!」

ケイは、その両腕に痛みが走ったことにより自分の状態を思い出した。

「はは、なんも出来へんな・・・でも、絶対お前を連れて帰るからな。」

真上の月は、大きなクレーターを二人に向けていた。

「それにしても、この月近いよなぁ。いつから、こんなに近くなったんや。」

「・・・?・・・・・!」

「いつから・・・そうや、俺らの住んでる世界はもっと遠かった。それが近づいている・・

この世界は、大昔なんかじゃない!未来なんや!」

ケイは、大きな月をまじまじと見つめていた。

大きくかけた、そのいびつな月はケイの頭脳を揺り動かしていた。

「・・・こんな、なんもない世界が・・未来か・・・」

「俺らも、当の昔に死んでるんやろなぁ。ははは・・」

「未来・・か。俺らの子孫がおったりして・・・・ほんまに・・・」

「コウ、今までありがとうな・・・お前が友達でよかったわ・・・・お前は助けられへんかったけど・・・・お前の子孫はまだ助けられるかもな・・・」

ケイは、横向きになりその額を地面に押し付けながらゆっくりと起き上がった。

「俺の剣は?」

ケイの剣は、ワタにより遠くへ飛ばされていた。

ケイは、周りを見渡しコウの足元にある槍に目を止めた。

ケイは、その足で槍を引き寄せ、力がわずかに残る右腕でつかむと槍先を天に向け肩に立てかけた。

槍で体を支えながら、蝶がとまっているコウの右腕をつかんだ。

「コウ、俺にも力をくれ・・・この腕を治してくれ・・・頼む・・・」

その時、一つの突風が草波を連れ2人を飲み込んだ。

ケイとコウの周りにいた蝶たちは、突然の嵐に驚き天へ向かい飛び立っていった。

高く高く浮かび上がっていく姿は、いつしか光の中へ消えていった。

ケイは、じっと動かずに祈っていた。

すると突然、ケイの視界が真っ白になった。

強烈な光がケイの視界を支配していた。

それは、まるでスポットライトの中にいるような感覚だった。

ケイは目がくらみ、いつしかコウの体にその体を重ねていた。

2人は、円の中にいた。

そう、円の中に。

2人の周りの草草は、円を描いてすべて倒れていた。

いや、倒れた―というより、枯れしなびいていた。

緑の広がる世界の中で、一つの円が浮かび上がった。

24.生還

陽は、午後の日差しの強さを少し緩めていた。

ナウエの民たちは、幼き者、弱き者たちを先頭に避難を開始していた。

そんな時、ワタの足はナウエの地へと入った。

その足取りは、止まることなくナウエの中心部を目指していた。

中心部、そこはチハやチナが住むシン家だった。

「チハ、チナ、お前たちもこの場を離れよ。」

センは、静かに二人の娘に言った。

「いいえ、それは出来ません。」

チハが、毅然と言った。

「そうよ、なんで逃げなきゃなんないの。」

チナも、母親を睨みながら応えた。

まだ小さな二人であったが、シン家の血か、強い心を持っていた。

「きっと、何とかなります。」

「そうよ。」

「私たちは、守られてる・・・守られてる・・・そう、守られてる。」

「うん、うん、守られてる・・・大丈夫・・・守られてる。」

「お前たちは・・・」

センは、言葉を発するのをやめた。

その唇は、僅かに白い歯をのぞかせていた。

シン家の近くでも、ナウエの民がワタと必死に相対していた。

しかし、戦いを知らない民たちはことごとく手下の爪先に切りつけられていた。

家の前に出たセンたち3人の前に、ワタと3体の手下が立っていた。

セン、チハ、チナ、その3人の手には短刀が握られていた。

「チハ、チナ、急所は胸の中心じゃ、中心を貫くのじゃ。」

「はい。」

「うん。」

3体の手下が、センたちへ近づいてきた。

ワタは、離れたところで、じっとセンを見ていた。

3体が、一斉に腕を振り上げてきた。

センたちは、とっさに後方へ飛びのいた。

ぶしゅッ―

その時、チハの目の前で異様な音がした。

目の前の『影』の手下の胸から、鋭い金属が突き出ていた。

『影』の手下は、ずさり―と崩れ落ちた。

「?」

「なに?」

「だれ?」

センたちは、視線を遠くへ向けた。

そこには、二つの人影があった。

「あと3つ。」

剣を振りながら、ココが呟いた。

「あぁ、やっと終わりが見えてきたな。」

倒れた手先の体から長槍を抜きながら、ヒミが応えていた。



「おぬしたちは・・・」

センが、呟いた。

「よぉ、まだ生きていたか。」

ヒミが、不愛想に答えた。

「無駄口は、後にしろ!」

ココが、手下と剣を合わせながら叫んだ。

「おぉ!」

手下たちは、その鋭い爪先でヒミたちに襲いかかってきた。

ココの剣が、手下の体を刻む。

ヒミの槍が、手下の体を突き破る。

しかし、手下たちは容赦なく襲い掛かってきた。

何十合、武器を打ち付けただろうか、手下たちはよろめきながらも攻撃の手を緩めない。

センたちは、短剣を握りながら戦況を見る事しかできなかった。

ワタは、微動だにせずセンを睨んでいた。

疲れの色が出たココの体を、手下の爪先が襲い掛かった。

ココの剣を持つ上腕から、血しぶきが飛んだ。

「しまった!」

ココは、後ろへ飛退きつつ腕を押さえた。

「ココ!」

ヒミが、ココの加勢へと動いたとき、手下がその体ごとヒミへ覆いかぶさってきた。

「ぐォ!」

ヒミが、手下の体の下でうめいた。

「ヒミ!ココ!」

センが、二人のもとへ駆けていく。

手下が、ヒミの足をその爪先で大きくえぐりセンへ振り向いた。

センは、その迫力に一瞬ひるんでしまった。

「セン、逃げろ!」

手下の爪先に切り刻まれながら、ココが叫ぶ。

しかし、センは戦うことも退くことも出来なかった。

手下は、容赦なくその爪先をセンの両眼に向けて突き出した。

―ぶしゅッ―

宙に、物体が飛んだ。

遠くに落ちたその物体は、大きな爪先を痙攣させていた。

「ギリギリか?」

「うん。」

「ケイ?コウ?」

腕をもぎ取られた手下の背後には、ケイとコウが立っていた。

「ヒミ、ココ・・・大丈夫か。」

ケイは、ヒミとココを見た。

「あぁ、大したことない。」ココ。

「お前たち、どうして・・・」ヒミ。

「ふッ、ふッ、ふッ、復活やー。」

ケイが、大声で怒鳴った。

コウは、照れたように笑っていた。

「胸の中心をつけ!」

急に、センが叫んだ。

手下が、ケイをめがけて襲い掛かってきた。

―ぎゅにゅッ―

物凄い速さだった。

コウが、素早くケイと手下の間に入ると手にした槍で手下の胸を貫いていた。

「くッ、くッ、くッ、俺たちの速さにはついてこれんやろ。」

ケイが、自慢気に言い放ったかと思うと、もう一体の手下の胸を剣が貫いていた。

「ココさん、ヒミさん、大丈夫?」

コウが、心配そうに近づいた。

「まだ、ワタがおる!我らにかまうな!」

ワタが、おもむろにセンたちに近づいてきた。

空には、茜色を輪郭に浮かび上がらせた雲が一つ。

夕闇には、まだ時間があった。

ナウエの物語 09

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